援助交際が広まった後、各地で「淫行条例」が次々に作られた――そんな印象を持っている人は少なくありません。実際、1990年代には援助交際が大きな社会問題となり、条例や法律の規制も強化されました。ただし、歴史を調べると、淫行条例そのものは援助交際よりかなり前から存在しています。では、何がきっかけで、どのように規制が積み重なっていったのでしょうか。1980年代から現在までの流れを整理します。
淫行条例は援助交際が原因で作られたの?
結論からいうと、「援助交際が広まったから淫行条例が一斉に作られた」という理解は正確ではありません。
青少年を保護するための都道府県条例は、1950年代からすでに制定され始めていました。1950年には岡山県で青少年保護育成条例が制定され、その後、1950年代から1970年代にかけて全国へ広がっています。
つまり、援助交際が社会問題になる1990年代より40年ほど前から、青少年の性的行為や有害環境を規制する自治体法制は存在していました。
ただし、ここが重要です。
援助交際の登場によって、それまで存在していた条例が新しい問題に対応する形で改正された例は確かにあります。
したがって、
「援助交際が条例をゼロから作った」
というより、
「以前から存在した青少年保護条例が、援助交際やテレホンクラブ、携帯電話など新しい問題に対応して強化されていった」
と考えるのが実態に近いでしょう。
淫行条例はいつから存在したの?
青少年保護育成条例の歴史は意外に古く、1950年代から始まります。
都道府県では1950年代に12道府県、1960年代に19都県、1970年代に13県が条例を制定したと整理されています。
そのため、1980年代になった時点で、すでに全国の大部分に青少年保護条例が存在していました。
さらに、条例の内容は時代によって変化しています。
当初は、
・有害な映画や出版物
・広告
・深夜営業
・青少年を立ち入らせる施設
・有害な環境
などが中心でした。
ところが1970年代になると、青少年の性行為そのものを規制する「淫行」関連の規定が重要になっていきます。
例えば神奈川県では1978年の条例改正で、「淫行・わいせつ行為」の禁止について構成要件を明確化し、罰則規定を追加しています。当時の社会背景として、少女売春など青少年の性に関する非行の広がりが挙げられています。
ここから分かるのは、淫行規制の本格化は援助交際以前から始まっていたということです。
1980年代には何が変わったの?
1980年代になると、青少年を取り巻く性的環境がさらに変化します。
特に大きかったのが、
テレホンクラブ、伝言ダイヤル、雑誌広告など、新しい男女の接触手段
です。
当時は現在のSNSやマッチングアプリがありません。
その代わり、電話回線や雑誌などを利用して男女が直接連絡を取る仕組みが広がりました。
警察庁の資料を見ると、1980年代にはすでに少女による売春や青少年の性的問題行動が問題として認識されていました。
つまり、後の援助交際につながる社会的な土台は、1990年代になって突然出現したわけではありません。
1980年代の段階では、
青少年保護条例
↓
風俗営業への規制
↓
テレクラなど新しい接触手段への規制
というように、少しずつ規制対象が広がっていきました。
「援助交際」という言葉が広まったのはいつ?
ここは記憶と実際の資料を区別する必要があります。
「援助交際」という言葉が現在のような意味で広く知られるようになったのは、主として1990年代半ばです。
研究資料では、1994年頃にはすでに援助交際という現象が確認され、1996年頃からマスメディアで盛んに使われるようになったと整理されています。
警察庁の1997年版警察白書でも、10代の女子による「援助交際」が社会問題として明確に取り上げられています。
つまり、
1980年代=援助交際が全国的に社会問題化した時代
とするより、
1980年代=その前段階となる電話・風俗・少女売春などの問題が拡大
1990年代前半=援助交際という現象が登場
1990年代半ば=「援助交際」という言葉が社会に定着
1990年代後半=法規制がさらに具体化
という流れのほうが正確です。
1990年代に条例は本当に強化されたの?
はい。ここはかなり明確に確認できます。
特に重要なのが、テレホンクラブなどの規制です。
1990年代半ばになると、テレクラが青少年と成人を接触させる場として問題視されるようになりました。
警察庁は1998年の警察白書で、テレホンクラブが女子少年の性被害や「援助交際」の温床になっているとして、都道府県条例による広告・宣伝規制などを進めていると説明しています。
さらに1999年には、全国すべての都道府県でテレホンクラブ営業を規制する条例が施行されたと警察白書に記録されています。
これは非常に興味深いところです。
つまり、援助交際そのものだけを取り締まろうとしたのではなく、
援助交際が発生する「場所・仲介手段・広告・接触経路」まで規制対象を広げた
わけです。
当時の規制は、現在のSNS規制に少し似ています。
1997年には東京都が「買春」そのものを条例で規制した
1990年代の法整備を考えるうえで、東京都の動きは特に重要です。
東京都は「東京都青少年の健全な育成に関する条例」を改正し、1997年12月16日から、青少年との金品の供与等を伴う性交・性交類似行為や、周旋による性交等を禁止する規定を施行しました。
これは援助交際問題との関係を考えるうえで非常に重要な出来事です。
なぜなら、それまでの「淫行」規制とは別に、
金銭などの対価を伴う青少年との性的行為
を明確に問題として扱う方向へ進んだからです。
したがって、あなたが最初に感じた、
「援助交際という新しい形態が登場したので、従来の条例だけでは対応できなくなったのではないか」
という疑問には、かなり当たっている部分があります。
ただし、条例そのものの起源はもっと古い、というのがポイントです。
1999年に国の法律まで作られた理由は?
そして1990年代の流れの最終段階に近いところで登場したのが、児童買春・児童ポルノ禁止法です。
1999年に成立・施行され、児童買春を国の法律として処罰する枠組みが作られました。
ここで、それまでの都道府県条例中心の規制から、
全国共通の法律による児童買春規制
へと大きく変わります。
警察庁の資料では、1999年11月の法律施行後、2000年には児童買春事犯の検挙が985件、検挙人員613人に達しています。そのうちテレホンクラブ関連が476件、319人を占めていました。
つまり当時の社会では、
テレクラ
→ 少女との接触
→ 援助交際
→ 児童買春
という問題が実際に認識されており、条例だけではなく国法による対応が必要になっていったわけです。
では「援助交際が淫行条例を生んだ」は間違いなの?
完全に間違いとも言えません。
より正確に表現すると、次のようになります。
1950〜70年代
青少年保護条例が全国に広がる。
↓
1970〜80年代
少女売春や青少年の性非行などを背景に、淫行・わいせつ行為への規制が強化される。
↓
1980〜90年代
テレクラ、伝言ダイヤルなど、青少年と成人が接触する新しい仕組みが拡大。
↓
1990年代半ば
「援助交際」という言葉が社会に広まり、女子高校生などの性の商品化が大きな社会問題になる。
↓
1990年代後半
テレクラ規制、青少年との金品を伴う性的行為への条例規制などが強化される。
↓
1999年
児童買春・児童ポルノ禁止法が成立・施行。
↓
2000年代以降
出会い系サイト、携帯電話、インターネット、SNSなど、新しい手段に合わせて規制が追加・改正される。
この流れを見ると、援助交際は淫行条例の「誕生原因」ではなく、既存の青少年保護法制を大きく変化させた重要な社会問題の一つだった、と評価するのが妥当です。
まとめ
「援助交際が広まったから淫行条例ができた」という記憶は、時系列を少し修正する必要があります。
淫行を含む青少年保護条例は、援助交際が社会問題になるずっと前の1950〜70年代から存在していました。
一方で、1990年代に援助交際が急速に社会問題化すると、状況は大きく変わります。
テレクラや伝言ダイヤルなどの接触手段が規制され、東京都では1997年に金品を伴う青少年との性的行為などを規制する条例改正が行われ、1999年には国の児童買春・児童ポルノ禁止法が成立しました。
したがって、日本の規制史を一言で表すなら、
「援助交際が淫行条例を生んだ」のではなく、「もともと存在した青少年保護制度が、援助交際という新しい問題によって1990年代に急速に具体化・強化された」
というのが最も正確です。
FAQ
Q1. 淫行条例は1990年代に初めてできたのですか?
いいえ。青少年保護育成条例自体は1950年代から存在し、淫行規制も1970年代には多くの自治体で問題になっていました。
Q2. 援助交際という言葉は1980年代から使われていたのですか?
現在知られている意味で広く社会に定着したのは主に1990年代半ばです。研究資料では1994年頃には現象が確認され、1996年頃からマスメディアで盛んに使われたとされています。
Q3. なぜ1990年代に規制が急に増えたのですか?
テレクラや伝言ダイヤル、携帯電話などによって、青少年と成人が従来より簡単に接触できるようになったことが大きな背景です。そこに援助交際が社会問題として加わりました。
Q4. 援助交際だけを対象にした法律ができたのですか?
いいえ。「援助交際法」という法律ができたわけではありません。青少年保護条例、テレクラ等の営業規制、児童買春・児童ポルノ禁止法など、複数の制度によって対応しました。
Q5. 1999年の児童買春・児童ポルノ禁止法は何が大きかったのですか?
それまで都道府県条例などに分散していた青少年保護の仕組みに加えて、児童買春を全国共通の法律で処罰する枠組みが成立したことです。

