日本の売春はいつから?古代の記録と「売春」という言葉の語源を歴史資料から解説

日本の「売春」はいつ始まったのでしょうか。古代の遊行女婦から近代の「売春」という言葉まで、行為と語源を分けて歴史的に整理します。

結論

  • 売春という行為自体は、「売春」という言葉よりはるか以前から日本に存在したと考えられます。
  • 奈良時代には『万葉集』などから「遊行女婦」の存在が確認されますが、現代の売春婦と同一視するのは注意が必要です。
  • 古代・中世には「遊女」など、近世には「遊女・女郎」など、時代ごとに異なる名称と制度がありました。
  • 「売春」という語の初出を安易に古代まで遡らせることはできません。辞書では、現在知られる明確な初出例として1956年の売春防止法第2条が示されています。
  • 「売春」の語源は「春を売る」という表現と関係し、「春」が性的な意味を表す用法から「売春」という漢語的な表現が成立したと考えるのが自然です。

FAQ

① 注目ポイント・注意点

最も注意したいのは、古代の「遊行女婦」や中世の「遊女」を、そのまま現代の「売春婦」と訳さないことです。芸能、接待、旅人との交流などを含む複合的な存在で、時代によって実態が異なりました。

② 重点の内容

この記事では、「売春という行為はいつ確認できるのか」と「売春という言葉はいつ成立したのか」を分けて説明します。特に、古い呼称と近代の法律用語を区別することがポイントです。

③ どんな読者におすすめか

日本史における遊女・遊廓・公娼制度に関心がある人、「売春」という言葉の語源を知りたい人、古代から現代までの変化を正確に理解したい人におすすめです。

日本の売春はいつから?「行為」と「言葉」を分けて歴史をたどる

古代の日本ではいつから確認できるのか

日本史上、「対価を伴う性的関係」がいつ始まったのかを一点の年代で特定することはできません。文字による記録が残る以前にも存在した可能性があるためです。

ただし、文献で確認できる段階では、奈良時代の『万葉集』に登場する「遊行女婦(うかれめ)」が重要な存在です。国立国会図書館のレファレンス資料でも、遊行女婦について『万葉集を知る事典』や「遊行女婦から遊女へ」を扱った研究書などが紹介されています。

ただし、「遊行女婦=売春婦」と単純に考えることはできません。

当時の遊行女婦には、歌や宴席などの芸能的・社交的な役割もありました。現代の「売春」という法律・社会概念をそのまま奈良時代へ当てはめると、歴史的な違いを見落としてしまいます。

この点から、「日本で最初の売春は奈良時代だった」と断定するよりも、奈良時代には、後世の売春や遊女につながる重要な社会的存在が文献上確認できると表現する方が適切です。

中世から近世にかけて「遊女」が社会に定着する

平安時代以降になると、「遊女」という呼称が歴史資料の中で重要になっていきます。

とくに交通の要所や港、河川沿いなどでは、旅人や商人を相手にする女性たちが存在しました。江口や神崎などの遊女はその代表例として知られています。日本大百科全書でも、平安時代の淀川下流域で小舟に乗って客を誘った遊女が紹介されています。

さらに近世になると、都市の発展とともに遊廓などの制度が整えられ、遊女・女郎・傾城などの名称が広く用いられるようになります。

ここで重要なのは、**「売春という行為が突然江戸時代に始まったわけではない」**という点です。

むしろ、古代・中世から存在していたさまざまな形態の性的サービスが、都市社会の成立や営業・規制の制度化によって、近世にはより明確な職業・営業形態として組織化されていったと考えると理解しやすくなります。

実際、国立国会図書館には『日本売春史』や『日本売春史――遊行女婦からソープランドまで』など、古代から近現代までの変遷を扱った研究書が収録されています。

「売春」という言葉の語源と、いつから使われたのか

「売春」という言葉については、行為の歴史とは別に考える必要があります。

現在の辞書では、「売春」は報酬を得ることを目的として不特定の相手と性交することを意味する語として説明されています。一方、「売淫」「売色」「売笑」など、類似する語も以前から存在しました。

特に興味深いのが「春」という字です。

ここでいう「春」は季節そのものではありません。日本語では古くから「春」に、青春・性欲・男女の情愛・性的な関係などを連想させる意味が生じ、「春をひさぐ」という表現も使われてきました。

そのため、「春を売る」という表現は「性的なものを売る」という婉曲的な言い方として理解できます。そして、それを漢語風に表現したものが「売春」と考えると分かりやすいでしょう。

ただし、「売春」という二字熟語がいつ日本語として初めて作られたのかについては、今回確認できた資料だけから特定の年代を断定することはできません。

むしろ注目すべきなのは、精選版『日本国語大辞典』が「売春」の初出例として、1956年(昭和31年)の「売春防止法」第2条を挙げていることです。同法では「売春」を法律上定義し、対償を受け、または受ける約束で不特定の相手方と性交することと規定しました。

つまり、「売春」という言葉そのものの歴史的な初出と、売春に相当する行為の歴史は同じではないのです。

なお、明治期には「売春」以外にも「売淫」という語が使われていました。「売淫」の辞書上の初出例は1874年(明治7年)の『今昔較』です。また、「売春婦」という語については、1906年(明治39年)の『東京朝日新聞』の用例が辞書に記録されています。

このことから、近代日本では「売淫」「娼妓」「売春婦」など複数の語が使われ、やがて「売春」が社会制度や法律を語る際の重要な用語として定着していった、と見ることができます。

まとめ

日本の売春史を理解するうえでは、「行為」と「言葉」を分けることが最大のポイントです。

性的サービスと対価の交換に相当する行為は、奈良時代の「遊行女婦」など、少なくとも古代の文献から関連する存在を確認できます。ただし、遊行女婦や遊女は現代の「売春婦」と完全に同じではありません。

一方、「売春」という言葉は近代以降の社会・法制度の中で意味が整理されていきました。明治期には「売淫」などの語が使われ、1906年には「売春婦」の用例も確認できます。そして1956年の売春防止法によって、「売春」は法律上の明確な定義を持つ言葉となりました。

したがって、「日本で最初の売春はいつ?」という問いへの答えは、行為なら古代まで遡って考える必要があるが、「売春」という言葉は近代の用語として成立・定着した、というのが最も正確です。

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