「柳は緑 花は紅」の意味と由来|順番・出典・時代を解説

「柳は緑、花は紅。」
この短い言葉に、なぜこれほど人の心を打つ力があるのでしょうか。
順番はどちらが正しいのか、どこから来た言葉なのか、そしていつの時代の思想なのか。
禅語としても知られるこの一句を、出典・時代・意味の3点から、わかりやすく解説します。


柳は緑 花は紅|正しい順番と出典・時代を解説

「柳は緑 花は紅」か「花は紅 柳は緑」か

どちらが正しいのか?

結論から言うと、**日本語として一般的で定着しているのは
「柳は緑 花は紅(やなぎはみどり はなはくれない)」**です。

意味としては、
「花は紅 柳は緑」と入れ替えても誤りではありません。
しかし、禅語・四字熟語・国語辞典などでは、

  • 柳緑花紅(りゅうりょくかこう)
  • 柳は緑、花は紅

という語順が定形として扱われています。

日本語では「柳 → 花」の流れが、
春景色としても、言葉の響きとしても自然だと受け取られてきました。

※補足
中国語の日常成語では「花紅柳緑」という語順も多く、
**日本語と中国語で“定着した順番が異なる”**点は興味深い特徴です。


出典はどこか?

― 中国・宋代にさかのぼる

この言葉の源流は、
**中国・北宋時代(11世紀)**の詩文・禅思想にあります。

特に有名なのが、
北宋の詩人・政治家 蘇軾(そしょく/蘇東坡・1037–1101) の詩に見られる表現です。

柳緑花紅真面目
(柳は緑、花は紅、これ真面目)

ここでいう「真面目(しんめんもく)」とは、

  • 本来の姿
  • ありのまま
  • 真実の相(すがた)

を意味します。

つまりこの一句は、
「柳が緑であり、花が紅であること自体が、すでに真理である」
という思想を示しています。


禅語としての意味

― なぜ「柳は緑 花は紅」が大切なのか

この言葉は、日本では特に禅語として重視されてきました。

道元と日本での広まり

鎌倉時代、
曹洞宗の開祖 道元禅師 は『正法眼蔵』の中で、
この中国詩文の思想を引用・評価しています。

それ以降、

  • 禅僧の語録
  • 禅画・墨蹟
  • 禅語集・四字熟語

などを通じて、日本文化に深く根づきました。


言葉が伝える核心的な意味

① ありのままこそが真理

柳は努力して緑になるわけではなく、
花も意図して紅く咲くわけではありません。

そのままの姿こそが完成であり、真実である
──これが禅の視点です。

② 人間の分別を手放す

私たちはつい、

  • もっと良く
  • もっと美しく
  • なぜこうなのか

と評価や判断を加えがちです。

「柳は緑 花は紅」は、
そうした分別そのものを一度手放せ
と静かに教えてくれます。


まとめ

  • 一般的な順番
    👉「柳は緑 花は紅」が定形
  • 出典
    👉 中国・北宋時代、蘇軾の詩文
  • 時代背景
    👉 11世紀中国 → 鎌倉期以降の日本禅
  • 意味
    👉 ありのままの姿こそが真理である、という禅の核心

自然をそのまま見ること。
それは、今を生きる私たちへの、静かで深いメッセージでもあります。

投稿者 tvjp