日本と朝鮮半島のお米は、見た目も味もよく似ています。
では、その起源はどこにあり、どちらが先に稲作を始めたのでしょうか。
近年はDNA解析や考古学の進展により、従来の定説がより精密に検証されるようになりました。
本記事では、最新の研究成果をもとに「日本と朝鮮半島のお米の起源と伝播ルート」を整理し、事実ベースでわかりやすく解説します。
日本と朝鮮半島のお米の起源を最新研究から読み解く
稲作の世界的な起源はどこか
栽培稲(Oryza sativa)の起源は、現在の学術的コンセンサスでは
中国・長江流域で約1万年前に始まったとされています。
ここから稲は大きく二系統に分化しました。
- ジャポニカ種(短粒・粘りが強い)
- インディカ種(長粒・パラパラ)
日本と朝鮮半島で主に栽培されているのは、寒冷地に適応した
温帯ジャポニカです。
朝鮮半島と日本への稲作伝播ルート
考古学的年代と遺跡分布を総合すると、稲作の伝播は次の流れが主流です。
中国(長江流域)
→ 中国北部・遼東半島
→ 朝鮮半島
→ 日本(北部九州)
年代の比較
| 地域 | 稲作の確実な証拠 |
|---|---|
| 中国 | 約1万年前 |
| 朝鮮半島 | 紀元前1500〜1000年頃 |
| 日本 | 紀元前900年頃(縄文晩期〜弥生初期) |
この年代差から、朝鮮半島から日本へ稲作が伝わったと考えられています。
朝鮮半島で最も古いお米の遺跡
ソロリ遺跡(忠清北道)
- 年代:約1万5000年前
- 出土物:籾(もみ)
ただし、この籾は
野生稲の採集跡である可能性が高く、農耕の証拠とは断定されていません。
確実な稲作遺跡
- 松菊里遺跡(紀元前1500〜1000年)
- 水田跡・炭化米・農具がセットで出土
この時期には、朝鮮半島南部で水田稲作が広く行われていたことが確認されています。
朝鮮半島に陸稲は存在したのか
結論から言うと、存在していた可能性が高いと考えられています。
- 畑状遺構から炭化米が出土
- 山間部・丘陵地の集落遺跡
- 満州(中国東北部)系の陸稲との遺伝的類似
ただし、主流となったのは水田稲作であり、
陸稲は初期段階や補助的な栽培形態と見られています。
「日本が先で朝鮮に伝わった」説は正しいのか
最新の考古学・遺伝学の両面から見ると、
👉 この説を裏付ける有力な証拠は現在のところ存在しません。
- 朝鮮半島の稲作遺跡の方が年代的に古い
- 遺伝的多様性も朝鮮半島の方が高い
- 日本と朝鮮の温帯ジャポニカは「共通の中国起源」を持つ近縁関係
日本の温帯ジャポニカと満州の陸稲が、後世に朝鮮半島の品種形成へ影響した可能性はありますが、
伝播の主軸が「日本→朝鮮」であったとは言えないのが学界の共通理解です。
まとめ
- 稲作の起源は中国・長江流域
- 朝鮮半島には日本より早く稲作が存在
- 日本の稲作は朝鮮半島経由で伝来した可能性が高い
- 陸稲は朝鮮半島でも併存していた
- 「日本が先」という説は現時点では主流ではない
稲作の起源研究は、DNA解析や新遺跡の発見により今後も更新されていく分野です。
固定観念にとらわれず、証拠ベースで歴史を見ることが重要だと言えるでしょう。