縄文・弥生・古墳時代の日本人口推定を完全解説

「昔の日本には、いったい何人くらいの人が暮らしていたのか?」
縄文・弥生・古墳時代の人口は、学校ではほとんど触れられません。しかし実は、人口の増減を知ることで、日本社会がいつ・なぜ大きく変わったのかがはっきり見えてきます。
本記事では、最新の研究で一般的とされる人口推定値をもとに、各時代の人口規模と増減の理由を、初心者にもわかりやすく整理します。


縄文・弥生・古墳時代の日本人口推定まとめ

結論:100年ごとの正確な人口データは存在しない

まず重要な前提として、縄文・弥生・古墳時代に100年単位の正確な人口統計は存在しません。
理由は、戸籍や人口調査の記録がなく、人口はすべて考古学的推定によるものだからです。

そのため、現在の学術研究では
👉 数百年〜千年単位の「時代区分ごとの推定人口」
が用いられています。


縄文・弥生・古墳時代の人口推定値一覧

時代 時期(目安) 推定人口 特徴
縄文早期 約1.1万〜7千年前 約2万人 温暖化開始・人口は少数
縄文前期 約7千〜5.5千年前 約10万人 食料資源が増加
縄文中期 約5.5千〜4.5千年前 約26万人 人口ピーク
縄文後期 約4.5千〜3.3千年前 約16万人 寒冷化で減少
縄文晩期 約3.3千〜2.8千年前 約7.5万人 急激な人口減
弥生中〜後期 約2400〜1700年前 約59万人 稲作による人口爆発
古墳時代 3〜7世紀 約540万人 国家形成と大増加

※研究者により数値には幅があります。


縄文時代の人口変動|自然に左右された社会

人口ピークは「縄文中期」

縄文中期は、気候が最も温暖で安定した時代でした。
クリ・クルミ・ドングリなどの堅果類、海産物が豊富で、定住生活が進展。
その結果、日本列島の人口は最大約26万人に達したと推定されています。

なぜ人口が減ったのか

後期以降は寒冷化が進行し、食料資源が減少。
特に東日本で人口減少が顕著でした。


弥生時代の人口爆発|稲作がすべてを変えた

弥生時代最大の特徴は、水稲農耕の本格化です。

  • 狩猟採集 → 農耕へ
  • 食料の安定供給
  • 乳幼児死亡率の低下

これにより、日本史上初の第一次人口爆発が起こり、
人口は数十万人規模へ一気に増加しました。


古墳時代の人口増加|国家の力

古墳時代には、さらに人口が増えます。

主な要因

  • 鉄製農具の普及
  • 灌漑・治水事業の発展
  • ヤマト王権による政治的安定

その結果、古墳時代末には約540万人に達し、
奈良時代初期とほぼ同水準になります。

巨大古墳は、これだけの人口と組織力があった証拠でもあります。


補足:古代人口はどうやって推定するのか?

人口推定は、次のような方法で行われます。

  1. 住居跡(竪穴住居)の数を数える
  2. 1住居あたりの人数を仮定
  3. 住居の存続年数を考慮
  4. 未発見遺跡を補正

👉 そのため絶対値ではなく傾向を読むことが重要です。


まとめ|人口は日本史の「変化の指標」

  • 縄文:自然依存・人口は数万人〜20万人台
  • 弥生:稲作で一気に増加
  • 古墳:国家形成で数百万人規模へ

人口の増減を見ると、日本社会が
いつ・なぜ大きく変化したのかが、はっきり見えてきます。


 

投稿者 tvjp